不動産投資の森(1)

ネタ

世の中には不動産投資というものが流行っているらしく、自分の家を所有し店子に貸し、その対価として家賃を受け取る仕事のようだ。

もちろん僕も世の中には色々な仕事があることは知っているが、この不動産投資という仕事は、アリとキリギリスの話で、働いていないキリギリスの方が実は仕事をしていたそんな矛盾したような雰囲気を感じ、少し距離を置いていたのも事実だ。

僕が不動産投資を始めるようになったきっかけはふとした妻の一言からだった。だれにでも言われうる平凡な一言。
「もっと豊かな暮らしがしたいわ。けれどあなたと私の収入だとこれが手一杯ね。」

僕は年相応の物欲はあると思っているがあくまで年相応だ。自分がビル・ゲイツのように稼ぎたいと願ったことはない。
しかし誰でも言われうるこの妻の一言が、なぜかこの瞬間は妙な引っ掛かりを覚えた。夜空の光り輝く星々の中、鈍い光しか放たない星に目が奪われるように。

不動産の勉強を始めるようになった僕は知らない言葉の数々に戸惑いつつ新鮮な驚きを覚えた。
利回り、一種低層地域、崖地条例。それは今まで知っているようで知らなかった普段目に見えているものに新たな世界を与えてくれる、そんな体験だった。

勉強を始めてから一週間、正確に一週間かどうかは怪しいが僕が利回りという言葉にようやくなれてきた頃、初めて物件を問い合わせることにした。
利回りも高く初心者の僕には出来すぎた物件のように感じたからだ。

「はい、ABCD不動産です」
「こんにちは、不動産の問合せの電話なのですが。」
「ありがとうございます。どちらの物件でしょうか。」

おそらく不動産業者にとっては何千回も繰り返したであるやり取りのはずだが、僕にとっては緊張感漂う電話だった。
何を伝えればいいか少し言いよどんでいた時に、不動産業者が助け舟を出してくれた。

「物件の価格と表示されている住所を教えてもらえますか?」
「はい、1500万円、埼玉県の川越市1丁目の物件です。」

「あーそちらの物件なのですが、本当につい先日売れてしまったのです。」
「そうなんですか、それは大変残念です。また何かあればご連絡ください。」

そう言ってそこで不動産業者との縁は途切れるはずだった。街なかですれ違った人に道を聞かれて答えてもその後関係性が続くとは思わないように、僕とこの業者との関係性もここで終わると疑っていなかった。

「お客様、失礼ですが、どのような物件をお探しでしょうか?もしよろしければ私の方で条件にあった物件を取り揃えます。弊社はIoTを活用した次世代不動産会社を標榜しており、AIで全ての物件情報を取り揃える事が可能です」

IoT、AI?不動産とこれらの用語の結びつきは分かったような分からなかったようなそんなちぐはぐな感じだったが、ここから何かが生まれるかもしれない、そんな期待感があったのか、まるで僕ではないかのような言葉が口から出てきた。

「ありがとうございます。もしよろしければ一度お会いしてお話したいのですが、よろしいでしょうか」

そこから先のやり取りは正直言ってあまり覚えていない。業者と場所と日時の確認をしたような気がするがそれすら曖昧だ。
しかし、僕の手帳の中には1件の予定が追加されていた。それだけが事実だ。

この話はフィクションです。実際の人物団体とは一切関係ありません。
筆者は村上春樹ほとんど読んだことありません。

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